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FM TOWNS開発史

はじめに

このドキュメントは、最初のTOWNSの開発史を、以下の資料を中心に整理しかつ私の考察を加えてまとめたものである。

時代背景

1979年に登場した8ビットパソコンはその後専らホビー用途として使用されるようになり、1985年頃には各社とも多色表示・FM音源搭載などのホビー要素を強化したモデルを登場させるようになった。しかしながら、8ビットCPUがリニアにアクセス可能なメモリ空間は64キロバイトと少なく、多色表示に必要な大容量のビデオメモリを扱うには心もとなかった。各社ともに「次のホビー機は16ビット」となるのは当然の帰結であったといえる。アメリカにおいてもIBM PCjr(1984)、Commodore AMIGA(1985)、ATARI ST(1985)、Apple IIGS(1986)[4]とこの時期に16ビットホビー機が登場している。

そして、実際に1986年12月にはシャープがX68000を[5]、翌1987年3月にはNECがPC-88VAを発表している。また、NECは88VA登場に先立ち、4096色中16色を表示可能であり(初期の98は8色)、FM音源を追加してホビー用途にも使用可能なPC-9801UVを1986年に発売している[6]

各社が16ビットホビー機を開発する際には以下のようなアプローチが取られた。

  1. 既存の8ビットホビー機との互換性をある程度保った状態で16ビットCPUを追加する→Apple IIGS、PC-88VA

  2. 既存のビジネス向けPCにAV機能を追加→PC-9801UV、PCjr

  3. 既存機種と互換性のない新機種を開発する→AMIGA、ATARI ST

1.や2.は旧機種のソフト資産を活用できるというメリットがあるが、バス幅など旧機種の制約を受けるためパフォーマンスに難が出る可能性がある。3.のアプローチは逆にソフト資産0からのスタートとなるため初期の販促に苦労することになるだろう。

互換路線か高性能路線か

古河氏によれば、富士通の8ビットホビー機であるFM77AVシリーズの後継機として、互換路線か新路線か(つまり上でいうところの1.か3.か)の議論を行い、結果として新路線でいくことになった、とのことである。

また、千葉氏によれば、富士通FMシリーズのハードウェア設計技術者であった「T氏」はシャープに出向きX68000事業のトップであった鳥居(勉)氏に会って来たとのことである。T氏はモトローラ派であるため、これはX68000の発表以降の話であろう。そしてその後、68000をCPUとする試作機の開発許可が下りたようだ。この試作機が互換機路線、新路線いずれに該当するかは明確ではないが、その後の経緯(後述)から考えるに新路線のものではないかと思われる。

(2024/3/5追記)

古河氏のブログに「Phar Lap社訪問時の同行者」として登場した筒井城二氏のブログを発見した。それによると、古河氏はパソコン部門の事業部長(時期的には神田氏がトップになる前)であり、ハードウェア設計の責任者は玉井氏。玉井氏とは玉井正治氏のことで、これが千葉氏のブログにあるT氏なのだろう。ご本人のブログも見つかった。FM-8時代からの設計者だったようだ。

筒井氏のブログには、それ以外の設計者として佐藤シコウ氏、落合氏、ハビタット担当の福田氏、ハード設計の宗像氏、OS開発の浦野氏が挙げられている。これらは以下の方々だろうと思われる。まとめると、TOWNSの開発スタッフは以下の通りとなる。

  • 古河建純氏: おそらく部長格でTOWNSプロジェクトのトップ。

  • 佐藤至弘氏: 後の富士通総研社長。筒井氏ブログの別の記事にも記載あり。おそらくアプリ整備の責任者。

  • 落合隆氏: 後の富士通パレックス社長。佐藤氏の部下で筒井氏の直属上司。国内ソフトハウス担当。

  • 筒井城二(せいじ)氏: 落合氏の部下で海外ソフトハウス担当。

  • 玉井正治氏: TOWNS設計の責任者。

  • 宗像昭夫氏: ハードウェア設計者。

  • 浦野昇氏: OS、制御プログラム担当。宗像氏と共に富士通の技報にハイパーメディアパソコンFM TOWNSを寄稿。

  • 牛若恵一氏: 玉井氏の一番弟子。おそらくグラフィック回路の設計担当。

  • 福田和智氏: ハビタット開発担当。

(追記終わり)

インテル路線への一本化

千葉氏によれば、68000をCPUとする試作機が完成した段階で、「K事業部長」[7]の指令により開発はキャンセルされ、インテル路線へと変更になったとのことである。そして、富士通は当時札幌で活動していた千葉氏のもとに事業部長代理A氏と技術系管理職Y氏を派遣してCPU変更の説明と今後の協力要請を行った。その際の富士通の見解は以下の通りであった。

Y氏の説明を筆者が補えば、次のようになります。

「富士通が68路線を採ってきたのは、8086などにみられるアドレス空間の不連続、言い換えればコンピュータとして未熟なアーキテクチャ(構造)を避けたためです。市場は80系が優勢であり、しかも直近に発表された80286ではアドレス空間不連続の問題を解決しています。これで、メーカーとしては『ふっきれた』という思いです。」

ただし、この説明にはやや矛盾がある。なぜなら直近のx86系CPUも、アドレス空間不連続を解消したのも80286ではなく386だからだ。あくまでも想像だが、この時説明された新機種のCPUは286であり、その理由は(千葉氏にはごまかして説明したが)1987年1月発売のFMRシリーズとの互換性を取ることだったのだろう。ちなみにOh!FM TOWNS 1996年2月号(休刊号)の覆面座談会によれば伝聞であるが初期は色や音関係をオプションにした286のホビーマシンだった、とのことである。それってただのFMR50では?

このように、アドレス空間不連続問題のない68000からわざわざ問題のある286に変更した、ということから68000ベースの試作機は互換路線ではなく新路線に従ったものである、と思われる。

CPUは386へ

上記の通り80286はプロテクトモードであってもセグメント当たり64キロバイト以内という制約はあり、グラフィックや音声を扱うには不十分である[8]。結果として、アドレスバス、セグメント上限共に4ギガバイトまで拡張された80386にCPUは変更され、プロテクトモードで動作するシステムを採用することになった[9]。なお、古河氏はTOWNSの開発開始を1987年9月としているが「1. 新機種の検討開始」「2. 68000を使用した試作機の開発開始」「3. インテル路線へ変更して仕切り直し」「4. 386採用」のいずれかは判別できない。ただ、1987中には古河氏がPhar Lap社を訪問している[10]ことから1987年9月は3.か4.の段階ではないだろうか。

CD-ROMの採用と仕様の確定

古河氏によれば、TOWNSの開発にはアスキーのコンサルティングを受けていたとのことである。そして、アスキー西社長の提案を受け、1988年2月または3月の土曜、雪の日[11]にアスキーを訪問してCD-ROMの採用を決定し、TOWNSの仕様が確定したとのことである。ここから回路設計などが始まったかというとそういうわけでもなく、古河氏の部下である牛若氏[12](担当はスプライトを含むビデオ回路回りと思われる)が1987-88年の年末年始を返上して開発していることからビデオ周りの仕様はおおむね確定していたのではないかと思われる。

ただ、この時点ではスプライトは未実装であった可能性が高い。というのも、スプライトはローンチタイトルであるアフターバーナーの開発と歩調を合わせて実装されたのだが、Gyusyabu氏のサイトによればアフターバーナーの開発は1988年入社の石田之博氏が行っていたからだ。

ローチタイトル開発の依頼

Oh!FM誌に記載のビング[13]のインタビューによれば、発売前にソフトハウスを集めてソフトの開発を依頼したとのこと。その際ビングはファイナルブローなどタイトー作品の移植を表明したとのことだ。ただ、ビングがタイトーと関係を持ったのはVING BREAK DOWNというアルカノイド風のブロック崩しゲームをFM77AV用に作り、菅原良藏社長がタイトーに持ち込んだというのがきっかけである。手元に資料がないので記憶が頼りとなるが、VING BREAK DOWNがOh!FM誌に掲載されたのは1988年の終わりごろだったように思われる(TOWNSをフライング発表した1989年3月号に2作目のFM77AVソフトであるSpace Rallyが掲載されている)。そうしてみると、この話はTOWNS発売直前のことであり、ローンチタイトルに関しては別ルートであらかじめ依頼していた、と考えられる。

アフターバーナーの件を考慮すると1988年5月頃にはCSK総合研究所[14]やデータウエスト[15]に依頼していたのではないだろうか。


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