イスメーカとは

平野市議の平成19年1月9日のコラムより

平成12年11月7日から17日の間に経済視察団が派遣された時、視察団のメンバーである高村都市計画局長(当時)がダニエル・ミース氏を訪ねたらしいのです。それを受けて、ダニエル・ミース氏は広島を2回訪問していますが、その1回目は帰国後の平成12年11月末から12月初旬で、某民間企業、噂によればイスメーカーの社長が同氏を連れて秋葉市長を訪問されているはずです。

市長と談話した後、高村都市計画局長とも会っているのですが、そのとき高村局長が「ダニエル・ミース氏に貨物ヤード跡地をベースにボールパークのデザインをしてもらいたい」と発言したのに呼応して、某民間企業社長は「市長が大変ダニエル・ミース氏を気に入っている」と応えられたようです。こんなところから官製談合が始まっているのではないでしょうか。

当時の局長の周辺の担当職員は、この事実上の談合を阻止しようとしたにも関わらず、局長は市長に「何とかしろ」と言われたらしく、職員の諌言をも振り切る素振りを見せ、結局は某民間企業社長が資金を出してオリジナル作品が作成されるという方向へ話が進んだのではないでしょうか。

さて、このイスメーカーがどこであるか、ということなのですが。

まず、ダン・ミース氏は当時はNBBJのスポーツ施設部門のチーフアーキテクトでした。従って、このイスメーカーの社長氏がミース氏と面識があった、ということは、このメーカーは競技場向けの座席を手がけていると見て間違いないでしょう。また、平野氏の平成18年11月17日のコラムによれば、このメーカーはシャレオに椅子を納入した業者であるとのこと。てことは、日本の会社でしょうな。

さて、日本で競技場向けの座席を作っている所をぐぐると、コクヨ[archive]コトブキ[archive]が引っかかった。おそらく、この二社のどちらかだろう。

また、ダン・ミース氏のデザイン集である「Spectator | Selected Works by Dan Meis, NBBJ Sports and Entertainment」によれば、氏がアジアで手がけ、竣工まで至ったプロジェクトはさいたまスーパーアリーナのみ(広島新球場が完成すれば二例目、ということになる)。

そして、先程のコトブキの実績を見ると、さいたまスーパーアリーナへの納入実績があることが分かる。てことで、ミース氏と秋葉市長との仲介役を努めたのは、コトブキの当時の社長である可能性が高い。そして、コトブキの沿革[archive]によれば、現社長である深澤光幸氏が社長に就任したのは2006年。ということは、2000年当時の社長は深澤重幸 現会長と思われる。

一応言っておくが、ワイロでも渡したのならともかく、実績のある建築家を紹介するくらいのことは、営業行為の範囲内だと、私は思っている。それに、コトブキの実績を見る限り、どこが設計したとしてもほぼ確実にコトブキは食いこんでくるでしょう。(従って、デザイン案を作らせるためにコトブキがわざわざ資金を提供した、というのはちょっと考えられない。向こうのデザイナーって、結構自前でこういうアピールをしてくるみたいだし)

ま、こんな考察をせずとも、シャレオの椅子の裏を見れば分かるわけだが、生憎広島にいないもんで。余談だが、今日立ち寄ったとある私鉄の駅(首都圏)のホームの座席がコトブキ製だった。

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