日ハムと札幌ドームについて整理してみた
- 公開日: 2023/10/25(水) 21:56[JST]
2023シーズンから北海道日本ハムファイターズは札幌ドームから北広島のエスコンフィールドに移転した。この移転に関し、メディアやSNS上では高額な利用料など、ドームの運営企業である第三セクターの株式会社札幌ドーム(以下、施設としてのドームについては「札幌ドーム」、その運営会社については(株)札幌ドームとする)側のまずさが喧伝されていた。一方で(株)札幌ドーム側も「モニター座談会レポート」において反論を行っている。
本件は、ヤフーが運営するWebメディアのTHE PAGEが2016年5月23日付で報道した記事「日ハムの球団経営を圧迫する旧態依然の壁」が端緒となっており、(株)札幌ドームへの批判の多くがこの記事に基づいている。しかしながらこの記事自体に間違いが多く、更には尾ひれがついた(その中には明らかに悪意を持った嘘が付加されたものもある)状態でのバッシングとなってしまっている。
一方で(株)札幌ドーム側の反論も微妙に論点をずらしたものになっているように感じられる。
そこで、市が公開している資料なども抑えつつまとめてみようと思った次第。
1. 札幌ドームの概要
札幌ドームは2002年のサッカーW杯の会場として建設された多目的屋内スタジアムである。サッカーのための天然芝フィールドを屋外から移動させる仕組みとなっている。天然芝フィールドはヘルレドームやステートファームスタジアムのように一方向のみに移動するのではなく、野球のセンターバックスクリーンから屋内に入ったあと回転し、野球のバックネット裏席がサッカーのメインスタンドとなるよう工夫されている。
野球場としては、サッカー兼用であるため巻取り型のショートパイル人工芝の使用を余儀なくされており特に外野手に故障が多くなる、ファールグラウンドが広い、バックネット裏の座席が高い位置になるといった問題を抱えている。
(株)札幌ドームは札幌ドームの運営会社として1998年に設立された会社であり、札幌市が株式の55%を保有し残りを民間企業が保有するいわゆる第3セクターである。指定管理者制度の導入(2006年度)以降、札幌市は非公募で(株)札幌ドームに指定管理を依頼している。
札幌ドームは市の所有物であり、建築費等のイニシャルコストは原則市が負担し、光熱費などは(株)札幌ドームの負担となる。補修・修繕費等は小規模のものは(株)札幌ドームが、大規模のものは市が負担する。(株)札幌ドームは目的外利用の収入(日ハムの事務所やロッカールームなど通年専有する施設の使用料だろうか?)を市に納付する他、設備投資を行いそれを市に寄付している(寄付には固定資産税対策の側面もある)。例えば映像表示装置や野球のフィールドシートの設置費用、人工芝の更新は(株)札幌ドームの負担で行われている。
2. 報道の問題
前述の通り、THE PAGEの記事には間違いが多く、また誤解を誘発するような表現も散見される。以下にそれらを列挙する。
日ハムが本拠地としている札幌ドームが、この4月1日から使用料の値上げに踏み切ったのだ。消費税分の値上げだが、1試合の使用料が4万人の動員でおよそ1600万円に設定されているのでオープン戦も含め年間に70試合ほど使用し、この料金だけで9億円ほど支出していることを考えればバカにならない金額である。
値上げに関する「札幌ドーム条例の一部を改正する条例案」と異なる記載である。
使用料の値上げは4/1ではなく10/1であり、この時点(2016年5月)では値上げされていない。上記条例案が可決されたのが3/29の市議会本会議である。
値上げの理由は「適正なものに改定する」であり消費税分の値上げであることは明記されていない。将来の消費税率変更に備え内税から外税方式に変更したことを誤認したのだろうか。そもそも消費税率変更は2014年である。この税率変更に2年遅れで追従したという可能性もあるが、5%→8%以上に増額されている。なお、2013〜2016の市議会会議録を「札幌ドーム」「消費税」で検索してみたが、「消費税増に追従してドーム使用料を値上げする」といった議論は見つからなかった。
1600万×70試合というのはオープン戦も含め全試合満員御礼という状態であり、通常ありえない仮定である。
実際には日ハムの使用料については減免措置が取られている(2018年度の指定管理評価シートによればイベント125件中115件が減免対象である)。
それらの経費だけでなく、警備費、清掃代なども球団持ちで基本使用料とは別に年間15億円ほどをドーム側に支払っている。しかもドーム内の飲食店の運営、売上げは、すべてドーム側。グッズに関しても、広島のような直営ではなくドームに卸す形態。また広告看板代に関しても球団が、2億5000万円で買い取っている。つまり年間、約26億5000万円をドーム側に支払っていることになるのだ
札幌ドーム利用規定によれば「もぎりチケット計数業務」「託児業務」「大型映像装置管理操作業務」「イベント清掃管理業務」「イベント物販業務」「周辺雑踏警備業務」「イベント施工管理業務」は「会社((株)札幌ドーム)が指定する業者に行わせるものとし、利用者は、独自に業者を指定することはできない」とのことだが年15億というのはいささか高すぎるように思われる。
「ドーム側」とぼやけた表現となっているが、上記の通りこれらの支払いは民間業者に対するものである。飲食店や「約26億5000万」についても同様である。この数字が独り歩きし、26.5億を(株)札幌ドームに払っているかのような批判が目立つことは残念なところである。
実際に日ハムから(株)札幌ドームへの支払いがいくらなのか、というと札幌市議会令和3年第二部決算特別委員会での石川スポーツ部長のコメント「新型コロナウイルス感染症による影響前の株式会社札幌ドームのここ数年の売上高につきましては、おおむね39億円程度で推移してきておりまして、ファイターズからの利用料金等の収入は、おおむね売上高全体の3割を占めているという状況になってございます」にある通り、年間約12億となっている。これに民間業者への支払い込みで計15億、というのであればまあまあ納得の行く数字ではある。
2. (株)札幌ドームの反論について
利用料金の話ですが、800万円は道内の他施設の感覚では高いとも思われますが、東京ドームの場合は最低でも1,600万円です。その使用料の決めた経緯ですが、札幌では他のドームと同じという金額ではなく、どれくらいの利用料金なら札幌ドームを利用いただけるかということを基準に考えました。1,600万円は欲しいけど、まだフランチャイズが決まっていない開業前に、プロ野球で2万人を集めるのは大変だから800万円からとして、来場者がそれ以上もっと来てくれたらもらうような形にしようと決めたんです。
まず、NPB本拠地ドーム球場のうち福岡ドーム、大阪ドーム、西武ドームの3つは球団または関連会社が保有しており、正規の利用料金通りに球団が支払っているかはわからない。また、東京ドームは腐っても巨人であり関連会社にキー局を持ちスタジアムの外で莫大な収入がある。残るナゴヤドーム(中日新聞グループの保有割合は1/4程度とのこと)にしても親会社の中日新聞社は東海エリアのメディアを牛耳っておりスタジアム外での収入はそれなりに多いと思われる。
また、東京ドームは私営のスタジアムであり当然イニシャルコストを使用料等の収入から返済しなければいけない。一方で(株)札幌ドームはランニングコスト以上の収入があればOKというシステム。両者の利用料金を単純に比較すべきではない。
ご要望への対応は、たとえば天然芝での野球開催は構造上不可能なので、このご要望を私どもが満たすことは出来ませんが、人工芝はナゴヤドームさんと同じ仕様を採用しており、札幌だけが特別に劣悪な環境ではないと思います。大型ビジョンは、ファイターズさまと相談のうえ、ファンサービスのためには2基完備したほうがいいと判断し、最新のものに更新しています。他にも「ダッグアウトが暑くて扇風機だけでは厳しい」ということで専用の冷房設備を設置するなど、さまざまな改修・改善を毎年実施してきました。
札幌ドーム内でのグッズ販売は、私どものスタッフによる販売のほか、ファイターズさまによる直接販売も実施していただいております。飲食メニューも、日本ハム製品を使用できないなどということは無く、シャウエッセンのほか業務用食材としても仕入れさせていただいています。フェンス広告も、バックネット下(テレビ中継で最も多く露出する部分)などはファイターズさまに販売いただいています。ここ数年は、事実と異なる報道記事も大変多かったんです。
札幌ドームができた当時は他のドームもコンクリート床の上に巻取り式の人工芝、という状態だった。しかしその後2002年の東京ドームを皮切りに、大阪ドーム(2003)、福岡ドーム(2009)、西武ドーム(2016)とロングパイル人工芝へ転換している。この時点では巻取り式だったナゴヤドームも2021年にロングパイルに転換。巻取り式としては一番マシなものではあるのだろうが、ロングパイルとは比べられるレベルではないだろう。
確かにグッズ販売は日ハムによる直接販売(ただし利用規定上(株)札幌ドームが指定した業者に運営させる必要がある)もあるのだが、2018年当時の球団サイトを見ると、「一回500円のグッズ抽選」「当日の試合のハイライト写真の販売」に限定されており、(株)札幌ドーム運営のグッズ☆ジャムとバッティング市内範囲内での営業であることがわかる。
「シャウエッセンなど日本ハム製品を使用できない」というのは当時流布されていた札幌ドームバッシングの一つである。実際には1店舗のみシャウエッセンを使用したホットドッグ店「Hotdog Park」(サッポロビール傘下のサッポロライオンが運営)があるのだが、センターバックスクリーン付近から階段を登った3階にある店舗である。なお、3階にはほとんど座席がない。
ちなみに2017年度モニター座談会レポートによれば、札幌ドームは開業以来飲食店業者の入れ替わりはなく日本ハムが割って入る余地はなさそうだ。
なお、2022年時点での飲食店の運営会社については「令和4年度札幌ドーム管理運営業務事業報告書」の15ページに記載されている。ここには記載されていないが一番の人気店である「頑固オヤジのカレー」はさっぽろテレビ塔の運営らしい。
日本ハムは食肉卸最大手なので業務用食材の仕入れがあるのは当然で、むしろ日ハム抜きで肉の飲食店舗を運営することは困難である。
広告については、当時の球団サイトによれば試合時のバックネット裏、カメラマン席前、ビジョン広告が球団扱いである。逆に言えばそれ以外の常設の広告は全て(株)札幌ドームの扱いである。無論ただで球団に広告権を譲渡しているわけではなく相応の金額は取っているだろう。
(株)札幌ドームの反論は、嘘は言ってないけど誠実ではない、というのが正直な感想。
3. 考察
札幌ドーム開業時であればこのようなビジネスモデルはまだ許された。札幌にはナイター可能な野球場がなく巨人戦はまだ人気があった(かつてははビジター含めレギュラーシーズン巨人戦は札幌が唯一のデーゲームだった時代もある)。パ・リーグ各球団も親会社が広告費扱いで赤字の穴埋めをしても許される経済状態だった。日ハムにしても、札幌ドームのほうが東京ドームよりも総合的に安かったからこそ移転したわけで。
でも時代は変わった。巨人人気は昔ほどではなくなり、またパ・リーグ球団の親会社も気前よくお金を出す時代ではなくなった。各球団は球場内でいかに売上を伸ばすかが重要になり、そのためには球場と球団経営の一体化が当然、という時代になった。日本ハムはJリーグのセレッソ大阪の親会社でもあり、こちらではスタジアム経営にも関与しているので現状の契約で妥協する余地はないだろう。もちろん巻取り式人工芝による故障者続出という問題もある。
無論、(株)札幌ドームは3セクとはいえ営利企業であるので広告や飲食などの権利を手放したくない、というのも理解はできる。でも日ハムが出ていったらおしまいなので妥協すべきではなかったか。日ハムが来る前も黒字だった、という意見もあるがNPB球団の地方遠征を誘致できた20年前とは時代が違う。そもそも北海道はファイターズの保護地域であり他球団は許可なく試合はできないし、日ハムとしても「どうせならエスコンでやらない?」と営業をかけるのは目に見えている。
そもそも地方遠征というのは一般的にその地方の企業が球団にお金を払って興行権を得るというしくみなのでそんなにたくさんの試合はできない。球団側だって本拠地で試合をしても赤字になるカードだからこそ地方に興行権を売るメリットが生じていたが今は客単価の高い本拠地でできる限り多くの試合をしたいというのが本音だろう。本拠地でスタジアム運営に関わっていない巨人とヤクルトが何試合かやってくれれば御の字、というところで日ハムが抜けた穴を埋められるほどじゃない。巨人だって築地に新球場を作ったら地方遠征を絞る可能性がある(ただ、親会社の読売新聞の営業の都合上巨人は他球団よりも地方遠征をやらざるを得ない、という事情はある)。
結局のところ、球団と(株)札幌ドームとの間でWin-Winになれる妥協点を見つけられなかった以上、日ハムが出ていくというのは必然の結果であった、としか言いようがない。親会社の日本ハムは日本有数の大企業であり、自前の球場を作って出ていくという選択を取れうるということを認識すべきだったのではないだろうか。
実のところ、日ハムが新球場計画を表明した2016年5月の時点で日ハムは(株)札幌ドームや札幌市との関係修復は不可能と判断していたというのは傍から見ても明らかだった。2015年4月には新球場移転を決めていたようだ。北広島市とも2015年12月にコンタクトを取っている。つまり、(株)札幌ドームは日ハムが出ていった後について検討する時間を7年近く与えられたわけで、それにしてはうまく対応できていない、というのが率直な感想である。