広島がサッカースタジアムで揉めている理由について
- 公開日: 2016/07/17(日) 16:31[JST]
標記の問題、サッカー関連のメディアで度々触れられてはいるが、原則クラブ寄りの視点から書かれており「スタジアムは旧市民球場跡地に建てるべきだが行政が妨害している」というレベルで終わっているのが残念。てことで、自分なりにもう少し掘り下げてまとめてみた。
1. サッカークラブの経営は大変
まず、ざっくりと2014年度のJリーグクラブの経営状況をまとめてみた。注目した数字は広告収入、チーム人件費、観客動員数の三点。理由は以下の通り。
広告収入は、親会社の無いクラブについては観客動員数とある程度相関があるのではないか。
親会社のあるクラブについては資金援助的な広告収入が親会社からでている場合があるが、親会社の無いクラブの広告費と比較することでその程度を判断できるのではないか。
クラブの経営の形態は様々であるため売上高は経営規模を測る指標には必ずしもなりえない。経営規模を測る指標はむしろチーム人件費ではないか。
なお、厳密には広告収入は前年度を含む過去の観客動因の動向から決まるはずだし、観客動員数も厳密にはナビスコやACLを加えるべきだが(逆に天皇杯は県協会主管なのでスタジアム広告の扱いが変わるので加えるべきでは無いように思える)ここではリーグ戦のみの数字をカウントしている。あくまでもざっくりとした分析ということで。集計にあたって参考にしたのはJリーグ公式の2014年度Jクラブ経営情報開示とFootballGEISTのデータ。人件費・広告収入の単位は100万円。
Club |
人件費 |
広告収入 |
観客動員数 |
親会社の有無 |
---|---|---|---|---|
仙台 |
1141 |
922 |
257949 |
無 |
鹿島 |
1562 |
1831 |
300310 |
有 |
浦和 |
2054 |
2380 |
603770 |
無 |
大宮 |
1720 |
2405 |
183791 |
有 |
柏 |
2059 |
1943 |
182161 |
有 |
FC東京 |
1709 |
1665 |
428184 |
有 |
川崎 |
1546 |
1794 |
283241 |
有 |
横浜FM |
1765 |
2059 |
392496 |
有 |
甲府 |
759 |
749 |
206904 |
無 |
新潟 |
1085 |
1013 |
390648 |
無 |
清水 |
1354 |
1534 |
241577 |
有 |
名古屋 |
2053 |
2471 |
284474 |
有 |
G大阪 |
1815 |
1843 |
250738 |
有 |
C大阪 |
1680 |
1511 |
367651 |
有 |
神戸 |
1348 |
945 |
255185 |
無 |
広島 |
1349 |
1537 |
254951 |
有 |
徳島 |
927 |
1357 |
151034 |
有 |
鳥栖 |
1176 |
789 |
240323 |
無 |
神戸は2014年時点では三木谷氏の個人資産管理会社の子会社であり、広告費が得られる親会社ではないので親会社を「無」としている。なお、(この時点でも楽天が親会社になった現在でも)神戸は完全子会社の為連結納税の対象であり、親会社から資金を出す場合でも広告費扱いにする必要がない。実際、この年の神戸は特別利益として22.5億を計上している。
で、親会社を持たないクラブの「観客1人当たりの広告費」の平均値(A)は約3452円。で、「広告収入 - 観客動員数×A」というので余計に払っている(可能性のある)親会社からの広告収入を推定できるのではないか、と思うわけだ。てことでこれ(広告費加算額)を縦軸に、チーム人件費(クラブ経営規模)を横軸にとったグラフを作成。
親会社の無いクラブを赤丸で、あるクラブを青丸で示した。鳥栖・仙台・甲府・新潟といった親会社のないクラブは浦和を除き人件費も少なめ。セレッソやFC東京は親会社の依存度が比較的低いといえる。
さて、Jリーグクラブの親会社は製造業が多い。2014年の12クラブ中では小売が1社(エディオン:広島)、物流が1社(鈴与:清水)、インフラ系が2社(NTT東:大宮、東京ガス:FC東京)で、それ以外の8社が製造業ということになる。これはJリーグクラブの多くが実業団を母体としていることが一因だが、下記の理由からプロ化した後も製造業がクラブを持ち続けた方がメリットがある為、というのもあるのではないだろうか。
製造業は従業員が多く、サッカークラブを支援することは従業員の福利厚生に寄与している(実業団に製造業が多い理由でもある)
製造業は海外でビジネスをしていたり海外企業との取引が多かったりするため、「サッカークラブを保有していること」がビジネス上有利に働く
で、広島の場合。親会社は家電販売チェーンのエディオンである。エディオンは基本的に国内市場のみの企業であり製造業ほどには従業員も多くない。なんで広告価値以上に広告費を負担するメリットがあまり無い。てことで、とるべき手段は以下の2つのどっちか。
人件費等をカットして適正な広告収入でも経営できるようにする(仙台・鳥栖・新潟ルート)
広告費をバンバン出すだけのメリットのある地元企業に親会社チェンジ(名古屋・ガンバ・横浜FM他ルート)
観客動員と客単価をあげて収入を増やす(セレッソ・FC東京・浦和ルート)
クラブとしては(1)は避けたいだろうし(弱体化して観客動員数が落ちると広告費だって落ちるし)、(2)に該当するのは広島ではマツダしかないけど今のところ消極的、てことで(3)をとるのが基本線。具体的には親会社の負担をセレッソ・FC東京並に抑え(現状から-5億)、かつJ1維持の為に人件費は最低現状維持、可能であれば川崎や鹿島くらいまで(現状から+3億くらい)広げられれば、というところだろう。そのためには交通の便のいいところにスタジアムを置いて新規顧客の掘り起こしを計り、かつ付加価値の高い適正規模のサッカースタジアムとすることで客単価の向上を計る(器が大きすぎると客が入らないカードで安い席に集中するリスクあり)、というのが戦略となるだろう。
(2016/7/20追記)英パフォーム社とJリーグとの間で年200億10年の放映権契約が合意に向かっているとのニュースがあったようだ。単純に分配するとJ1が6億×18、J2が3億×22、J3が2億×13(U-23除く)でぴったり200億。あるいはJ1が7億、J2が3億、J3が1億とか(計205億)。成績とかカード別の視聴者数とかで傾斜配分される可能性も高いけど。あとカード別(&国・地域別)の視聴者数とかも出してもらえると思うんで(親会社支援分じゃない)広告収入を増やせるチャンスがある。
ともあれ各クラブにとっては分配金をはじめとした収入の増額ということになるわけで、現在経営トントンの(親会社が広告費を出しているところも含め)クラブは増額分を人件費につぎ込むことになるんじゃないかな。つまり上のグラフだと多くのクラブが軒並み右にスライドするということになる。ネット配信で海外の視聴者が増えるとパナソニック(ガンバ大阪)みたいな製造業系の親会社は広告費をさらに上積みする可能性もある。
広島の場合はどうなるんだろうね。視聴者数を確保できて(親会社の負担無でも上~中位クラブ並の人件費が確保できる程度に)広告収入の大幅な増大が見込めるなら入場料収入で稼ぐ必要がなくなり、「すごくいい」スタジアムは必ずしも必要とはならなくなる(スタジアムについていうと、立地以外の条件の大幅な妥協をクラブが飲める)。他クラブ並の収入増なら現状とあまり変わらない。(追記おわり)
2. 広島には使える土地が少ないよ
ここからは行政視点。広島という土地は三方を山に、一方を海に囲まれていてとにかく平地が少ない。まとまった平地は河口に形成された(というか平安時代からちまちまと埋め立てて造った)デルタ地帯と、広島市中心から直線距離で25キロ以上離れたところにある東広島の西条付近くらいしか無い。後は河岸と海岸に狭い土地があるくらい。
こんな土地なんで、郊外まで鉄道を伸ばしたところで郊外自体に宅地として利用できる土地が無いので鉄道を新設するメリットが小さいし、そもそも広島は工業都市なんで他の都市ほど本社が都心に集中しているわけじゃない(製造業だと主力事業所や研究所のそばに本社機能を置いた方がいいことが多い)。でこれらの本社相手に商売する「支店」「営業所」も営業車用の駐車場を確保できる街外れや郊外の方がよかったりする。このためただでさえ通勤用の鉄道の需要が小さかったりする。山陽本線ですら平日日中とかだと基本3~4両とかで内装も通勤向きじゃないクロスシート。山陽本線とアストラム以外は単線だし。(というか広島で通勤・通学需要が一番高いのってもしかしてアストラム?こっちはロングシートだし)
例えば南関東とかだと通勤路線の沿線上の交通至便な土地にまとまった土地がそこそこあるんだけど、広島だとそもそも鉄道があまり役に立たないから鉄道沿線が必ずしも交通至便な土地にはならない。逆に言うと中心部付近くらいしか交通至便と呼べる土地は無い。工場を廃止したときに出てくるくらいだけど今はそういう土地はない(あ、マツダ本社工場跡地があるか)。必然的に「サッカースタジアムを置けるくらい広くて交通至便と呼べる土地」は限られるし、どの土地もそれなりに難を抱えている。
市民球場跡地: 交通の便は申し分ないが高さ制限のある土地である。スタジアムのスタンドにはある程度の傾斜が求められるので高さ制限=キャパ制限である(他のスタジアムとの比較からは、まともに造れば2万人以下のキャパが妥当であると考えられる)。また、市内中心部にある土地であることからサンフレッチェ以外の用途にも積極的に活用すべき土地であるが、サッカースタジアムと他の用途を十分に両立できるほどには広くない。
中央公園: JR新白島駅から徒歩圏内となるため交通の便は市民球場跡地よりもさらに上で高さ制限もない。一方市営住宅や保育園が近接しており、騒音対策や日照対策が必要となる可能性が高い。というか、スタジアムを建てるのであれば低層市営住宅の移転を考慮すべき土地であり、移転コストが馬鹿にならない。
みなと公園・西飛行場跡地: 両者ともに土地の広さは充分だがみなと公園は路面電車のみ、西飛行場跡地はそれすらない。将来、サッカー観戦の観戦スタイルがヨーロッパ並(試合終了後の混雑・渋滞→「道が空くまで待てばいいじゃん。翌日?大事なサッカーの試合があるんだから有休取るだろ普通」)になればアリだとは思うが今はまだその時期じゃない。あと海の側なのでスタジアムの耐食メンテナンスにコストがかかることが予想される。
西部埋立第五公園: 新井口・商工センター駅から徒歩圏内なので交通の便はなんとか許容範囲。ただしサッカースタジアムを建てるなら西部埋立第五公園の都市公園指定を外す必要がある(同等の面積の土地を代替の公園用地として確保する必要がある)。あと商工センターって地盤沈下のひどい地域じゃなかったっけ。
五日市埋立地: 五日市駅から徒歩圏内なので交通の便はギリギリ許容範囲かと。地盤沈下も商工センターほどじゃないとのこと。ただし県がそれなりにコストをかけて造成した土地なので土地取得費用が必要。また、近隣が水鳥の飛来地になっているため環境上の配慮も必要。あと海の側なのでスタジアムの耐食メンテナンスにコストがかかることが予想される。
マツダ本社工場跡地: 向洋駅から徒歩圏内なので交通の便は許容範囲。マツダが親会社になるなら商談に使いやすい(本社の隣だし)というメリットも。将来拡張することを考えるとちと東西が狭いかな。あと私有地(2012年に三井住友ファイナンス&リースに売却、ただしマツダが優先的に買い戻せる契約)なので何にせよマツダの腹次第。
そんなわけで広島にはなかなかいい土地が無く、クラブにとって(今だけを考えるなら)最適な市民球場は他の用途との兼ね合いをちゃんと考えないと行政との合意には持っていけないだろう(で、行政と合意できるまでスタジアムの規模を削った場合十分な収入が期待できるのかという問題が起こる)。
難しいね。
個人的には、この問題は陰謀とかよりも「不幸なミスマッチ」であると感じる。跡地がもう二回りほど広ければ、或いはサンフレッチェがJ1とJ2を行ったり来たりするレベルのクラブで15000人級スタジアムで十分経営できるなら、「他のコンテンツと共存しつつ」市民球場跡地にスタジアムを建てることが十分可能でありすんなり決まっていたのではないだろうか。そういう意味では、サンフレッチェは広島が支えるには大きくなりすぎたという側面も否定できない。