ピースウイングへの道(7)まちなかスタジアム

Jリーグは2009年よりスタジアムプロジェクトを始動。その中で繰り返しプッシュされたのが「まちなかスタジアム」というコンセプトだ。このコンセプトはスタジアム建設を目指すJリーグクラブや自治体に影響を与えたものと思われるため、ここで振り返りたい。

日本におけるサッカースタジアムの歴史

1993年のJリーグ発足時の各クラブの本拠地は以下の通り。

カシマサッカースタジアム

  • Jリーグ発足に合わせて開場。当初から全周屋根付き。

駒場スタジアム

  • 1967年国体のサッカー場として開場。当初はメインスタンド以外芝生席の球技場。

  • 1982年トラックを増設して陸上競技場化。メインスタンド以外芝生席は変わらず。

  • Jリーグ発足に合わせてバックスタンドを椅子席・二階席化。

市原臨海競技場

  • 1973年国体のサッカー競技場として開場。当時はメインスタンド以外芝生席。

  • Jリーグ発足に合わせてメインスタンド建替え、バックスタンド増設。

等々力競技場

  • 1962年開場。当時はメインスタンド4000席のみ椅子席で残りは芝生席。

  • 1988年頃までにバックスタンドがベンチ席になり、メインスタンドも拡張される。

三ツ沢球技場

  • 1955年の国体のサッカー・ラグビー競技場として開場。

日本平球技場

  • 1991年開場。当時はバック・サイドスタンドはベンチ席で現在よりも狭い。

瑞穂競技場

  • 1941年開場。前スタンド椅子席だが、屋根はメインスタンドのごく一部のみ。

  • 1994年国体に合わせて屋根をメインスタンド全域に拡張。キャパ27000人。

万博競技場

  • 1972年開場。当時は椅子席はメイン中央部30メートルほどで残りは芝生席。

  • 1985年頃メインスタンドの拡張及びバックスタンドの椅子席化。

広島広域公園競技場

  • 1994年のアジア大会の主競技場として開場。

広島スタジアム

  • 1941年開場。Jリーグ発足前はメインスタンド以外芝生席。

意外にも国体を主目的として建設された第一種陸上競技場は皆無。瑞穂と国際大会目的でできたビッグアーチを除けばアマチュア向け陸スタとしては妥当な規模だろう。球技場は3つで、三ツ沢、日本平、そしてJ発足を機に作られたカシマ。Jリーグ発足前に当時観戦スポーツとして確立していたのは、野球、大相撲、ギャンブルスポーツくらい。必然的に野球場以外のスポーツ施設は「やるスポーツ」用途がメインとなり、汎用性の高い陸上競技場が優先して作られ、球技場は大きくても5000人級のものが中心となっていた[1]

その後もJリーグは拡大を続ける。大半は既存のスタジアムをJ加入に合わせて拡張したものだったが、鳥栖[3]と仙台[4]はJ加入に合わせてスタジアムを建設している。また、国体の開会式用の陸上競技場を建てる、或いは国体に合わせて陸上競技場を改装する際にJリーグ対応にするという、所謂「国体スタ」の最初の例といえる[5]味の素スタジアムが2001年に出来ている[6]

ワールドカップ以前のJリーグのスタジアムは、J参入にあたって既存の陸上競技場を増席したものが多い。

Jリーグが一部制だった1998年までは、スタジアムの要件は芝生席を除き15000人というもの。[7]。J1、J2に分かれた1999年よりハンドブックに「競技場検査要項」が加わり、そこでは「天然芝が常緑であること」「椅子席が10000席以上」といった条件が定義されている。なお、この要項はJ1用と思われ、同年のJリーグ規約の方ではJ2は芝生席を除き10000人以上とされている。屋根についてはメインスタンドを覆うことが「B 原則として具備されなければならない条件」とされているが必須ではない[8]。トイレにについては「収容可能人数に見合う適正な数を設置」というのが必須要件となっている。これらの基準は2009年まではおおむね変化はない[9]

  • 球技場: 9

    • Jリーグの為に新設: 3(鹿島、仙台、鳥栖)

    • 国際大会の為に新設: 1(博多の森球技場)

    • 既存の公営球技場を使用: 3(日本平、三ツ沢、大宮)

    • 私設球技場を拡張: 2(ヤマハ、日立台)

  • 陸上競技場: 16

    • 国際大会の為に新設: 1(ビッグアーチ)

    • 既設の国際大会用競技場: 1(神戸ユニバー)

    • 国際大会の為に改修: 1(長居競技場)

    • 国体用に新設した際にJ仕様にする: 1(味の素)

    • 既存の陸上競技場をJリーグ対応に拡張: 11(駒場、万博、等々力、市原臨海、平塚、西京極、厚別、新潟市陸、小瀬、笠松、NDソフト)

    • 既存の陸上競技場をそのまま使用: 1(大分市陸)

これを見ると、既存の陸上競技場に対し、芝生席の座席化によってJリーグ対応としたパターンが圧倒的に多い。それなりのサイズの公営球技場が少なく、汎用性の高さゆえに数が揃っている陸上競技場を改修するのが手っ取り早い、球技場の新設はリスクと判断した、というのが原因だろうか。Jリーグも鹿島に提案したように「全席屋根付きの球技場がベスト」であることは当初から理解していたものの、当時の実情から陸上競技場を容認せざるを得なかったのだろう。

その後ワールドカップ開催に備え、開催要件の4万人級に対応した横浜国際、埼玉、神戸ウイング[11]、豊田[12]、ビッグスワン、ビッグアイ、札幌ドームが開場した。また、鹿島もワールドカップに合わせて4万人級に拡張を行った。このうち陸上競技場である3会場は全て、W杯前後に国体のメイン会場となっていた。

W杯後の2000年代は、フクダ電子アリーナの新設、大宮の大規模改修(Nack5スタジアム)などもあったが、既存の陸上競技場改修が中心であった。前述の2つ以外では栃木SCのグリーンスタジアム、鳥取のバードスタジアムくらいだろうか。

スタジアム・プロジェクト

Jリーグは観客動員数向上のため、2007年からイレブンミリオンプロジェクトを開始した。これは、2010年までに年間観客動員数をイレブンミリオン、つまり1100万人まで向上させるというものだ。おそらくその背景としては、Jリーグのオフィシャルスポンサー枠が埋まらない[13]、という状況もあったのだろう[14]。そのプロジェクトで2008年1月、2009年9月に欧州を視察、2008年9月にはアメリカを視察している[15]

Jリーグは観客動員増の鍵はスタジアムであると判断したのか、2009年頃にスタジアムプロジェクトを立ち上げる。このスタジアムプロジェクトでも2010年10月に欧州視察を行っている。この時の団長はJリーグ公式サイトで2007年から2014年1月にかけてコラムを書いていた[16]傍士銑太(ほうじ・せんた)氏。

このスタジアム・プロジェクトの成果といえるのが2011年3月に発行された「J.LEAGUE NEWS特別版 スタジアムの未来」という冊子だ。著者は先の傍士氏。この冊子は毎年発行されているが8ページ目までは同じでそれ以降の国内事例が毎年更新されている。紹介されている国内事例は以下の通り。

国内事例

2011 [archive]

なし

2012 [archive]

なし(この年から国内のJリーグスタジアムのマップ追加)

2013 [archive]

なし

2014 [archive]

なし

2015 [archive]

なし

2016 [archive]

  • 北九州、京都、吹田、南長野、八戸の新スタジアム

  • 鹿島のスタジアム内クリニック

  • 埼玉スタジアムのスカイボックス

  • 等々力のWiFiサービス

  • 琉球のスタジアム改修

  • AED装置の設置義務について

2017 (山梨県サイト)

2016年と同内容。ただし北九州、南長野、八戸のスタジアム名がネーミングライツになる

2018-2020

Web Archiveなし

2021 [archive]

  • 京都のスタジアムが計画から竣工に変更。名称もネーミングライツに

  • 八戸のネーミングライツ変更

  • 吹田もネーミングライツに変更

  • 長崎の新スタジアムの記事追加

2022

前年と変更なし

2023

前年と変更なし

2024

  • 大幅改訂

  • これまで「まちなか」と「複合」が別々の項目だったのが統合される

  • 「まちなか・複合」には京都・吹田・広島・長崎

  • 等々力の球技場化

  • 10000人級からのスタートとして金沢を紹介

  • 広島・金沢のバラエティシート、トンネルラウンジ

  • 等々力のセンサリールーム

  • 広島の屋根の材料

  • 防災拠点としての八戸、AEDについては残留

2025

前年と変更なし

この中で、「欧州のサッカースタジアムもアメリカのボールパークも今、まちなかに回帰している。もし、Jクラブのスタジアムもまちなかにあったら。人口減少・高齢化時代に、郊外に分散したにぎわいを再びまちなかに呼び戻す装置として、昭和時代のデパート同様、中心市街地の核(コア)として強い求心力になるだろう」と主張されている。もっとも、実際は欧州のスタジアムは郊外にある[17]。スポビズ大国アメリカの場合もアリーナ>野球場>=アメフト(ドーム)>サッカー>アメフト(屋外)の順で中心から離れていくようになっており、つまりイベント開催日数の多い施設程中心に配置するようになっている。この主張は「サッカースタジアムを都心に作ってほしい」というポジショントークではないだろうか。

なお、傍士氏はこれに先立つ2010年3月に「街中スタジアム」という似たような内容のコラムをJリーグサイトに寄稿している。このコラムで挙げられているアムステルダムはまちなかというよりは郊外(中心から直線距離で6キロほど離れている)に開閉式の複合スタジアムやオフィス・ホテル・産業団地などをまとめて作ってしまったパターンだろう。日本でJリーグが作りたがっているまちなかとは違うと思うのだが。

まちなかスタジアムとは

上記のJリーグ側の資料やコラムを見るかぎり「まちなか」とは「都市の中心市街地から徒歩圏にあり、ライト層を引っ張ってきやすい(別な用事のついでにサッカーも見に来てほしい)という意味だろう。正直、そんな好立地にスタジアムを建てられる土地が空いていることはなかなかないわけで、自治体からすると難しいよね。理想を語るのは自由だけど、行政がそれに付き合う義理もないだろうし。

あと「スタジアムの未来」では北九州、京都、広島、長崎がまちなか扱いされているけど、京都(京都中心から30分以上かかる)や長崎(長崎駅から1キロほどだけど、中心市街地は駅を挟んで反対側)は違うんじゃないかな。

このまちなかスタジアムを理想としつつ、Jリーグは2019年に規約に「理想のスタジアム」という概念を持ち込んだ。2025年時点での定義は以下の通り。

第34条 〔理想のスタジアム〕

  1. 公式試合で使用するスタジアムは 、 Jリーグスタジアム基準を充足することに加え、アクセス性に優れ、すべての観客席が屋根 で覆われ、複数のビジネスラウンジやスカイボックス、大容量高速通信設備(高密度Wi-Fi等)を備えた、フットボールスタジアムである ことが望ましい。

  2. 前項の「アクセス性に優れる」とは、次の各号のいずれかを充足していることをいう。

    1. ホームタウンの中心市街地より概ね20分以内で、スタジアムから徒歩圏内にある電車の駅、バス(臨時運行を除く)の停留所または大型駐車場のいずれかに到達可能または近い将来に到達可能となる具体的計画があること

    2. 交流人口の多い施設(大型商業施設等)に隣接していること

    3. 前各号のほか、観客の観点からアクセス性に優れていると認められること

アクセス性については、神戸、広島、長居が「ホームタウンの中心市街地より概ね20分以内」を充足。吹田が「交流人口の多い施設(大型商業施設等)に隣接」を充足かな。長崎はどっちも充足。将来的には等々力が前者充足になる。アクセス性だけなら金沢や今治(隣がイオン)もそうだろうけど、ビジネスラウンジとかが弱い。

個人的な見解

「スタジアムの未来」ではきれいごとを言っているけど、やはり「もともと人の多いところにスタジアムを作ってライト層を引き込み、観客動員数を増やしたい」というJリーグやクラブ側の都合に基づくポジショントークであるように思える。クラブや親会社がお金出せるところはいいけど、自治体が作るにはハイスペックすぎてリスクが大きい。

東名阪を除けばJリーグは地域独占産業に近く、自治体側でクラブを選べないところが厄介。自治体がスタジアムを作ってクラブに貸す場合、クラブが経営に失敗しても縁切りして別のクラブを誘致する、というわけにもいかない[18]。スポンサーがしっかりしているビッグクラブならともかく[19]、そうでないところについてはリスクを恐れてスタジアムに及び腰になる、という気持ちも理解できる。

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