広島市・秋葉市政を振り返る

以前も書いたように、私は広島市政ヲチャ(都市計画関連のみ)なわけなので、この約12年を振り返ってみたいと思う。

概要

結論を先にいってしまおう。(特に広島市民の人にとっては)意外に思われるかも知れないが、秋葉市政は極めて「オーソドックス」であったと思う。秋葉氏は、反対派の追求の中でうまく自説を通すために、ある意味卑怯ともいえるエキセントリックな戦術(本心ではどうでもよく、いつでも取り下げられるネタ(新球場の屋根掛けとか折鶴ホールとか)を持ち出してそっちに論争を誘導したりとか)を積極的に使ってくるタイプであるのだが、何だかんだ言って、最終的に決まった都市計画は「当然」というものがほとんどで、「これやっちゃダメ」なことはほとんどやっていない。

例示

例をあげよう。

シャレオ完成

これは、「やるべきではなかった」数少ない例外。基本的には荒木前々市長、平岡前市長時代からの引き継ぎ事業ではあるのだが、止めるべきだった。前も書いたが、地下街とは、基本的には地下道の付属品である。つまり、地下街とは、店舗なんかなくても十分な通行料が期待できる地下道に作ってこそ意味があるハコであり、そうでない所に地下街を作っても閑古鳥が泣くだけだ。

シャレオのある紙屋町エリアの交通の結節点は地上3階のバスセンターである。わざわざ3フロアも下って地下道を通りたいと思う人がどれだけいるだろうか。シャレオは、基本的には成功する見込みの無い事業である、としかいいようがない。おそらく、このエリアに作るべきだったのは、町田駅周辺のようなペデストリアンデッキだと思う。

秋葉氏が就任した時点では既に着工していたわけではあるが、それでも、この事業は止めるべきだったと思う。私は土木については素人なので実現性については分からないのだが、埋めるのが駄目、というなら、むしろ逆の発想で、地下を車と電車専用として、地上を歩行者天国にするというのもアリだったように思える。

2号線バイパス延伸凍結と都市高速

バイパス延伸凍結は正解。なぜなら南道路(都市高速三号線)と機能が被るから。

「広島はクルマ社会。だから渋滞のひどい二号線のバイパスを作るべき」と思われるかも知れないが、以前検索した時に見つけた資料では、広島は県全体で見ても自家用車の世帯保有率は1.2程度。広島市周辺ならもっと低くなる(そりゃ東京二十三区とかと比べりゃ高いけどさ)。そして、市中心部の構成からみても、マイカー依存度は大して高くないように思える。マイカー依存度が高い所ってのは、新潟みたいに中心部の店舗ですら、敷地の過半が駐車場でないと商売にならない所を言うと思うんだ。正直、広島よりも東京の多摩地区とか、埼玉南部の方がマイカー依存度ははるかに高い。

そして、都市化が進めば進むほど、マイカーから公共交通機関の移行も進み、逆転することは無い。二十年後、三十年後のことまで考えるなら、似たような機能の道路は二つも、現時点で作る必要はないと思う。

では、二号線バイパスと南道路、どちらを優先すべきかという話になる。

日本は国土が狭い故に、陸上貨物輸送はトラックに過度に依存している。これまた以前調べたのだが、日本における貨物運輸での鉄道のシェアはわずか4%、ちなみにアメリカでは鉄道のシェアは40%である。この傾向は、おそらく今後も変わらない。従って、作るべき道路は、貨物運輸により適した道路であるべきだと思う。そうなると、広島港を横断し、東側では広島呉道路、都市高速二号線と接続し、西側でも(最終的には)山陽自動車道と接続するはずの南道路を、多少コストが掛かってでも優先させるべきだ。広島も、徳山–呉、東広島に至る周辺都市も工業都市、これらの工業地帯と、広島港、そして広島空港が自動車専用道路で直結される、ってのはものすごく意義のあることだと思うんだ。

メガ・コンベンションセンター凍結

これも凍結して当然。建設費と維持費に見合うほどの需要も無い。

南道路・西飛行場近辺の橋梁化

トンネルで計画が進んでいたものを橋梁方式に変更したもの。これも正解。西飛行場の羽田便復活なんて100%無いから。羽田だって、100人足らずの機体しか運用できない西飛行場に発着枠を与えるくらいなら広島空港に回すだろうし、都市高速5号線ができて広島駅–広島空港が40分を切ったら「中心から近い」というメリットすら薄れる。災害対策としてヘリポート機能くらいは残しておいてもいいが、滑走路なんていらん。(なお、秋葉氏は西飛行場の市営飛行場化の方針をとっているが、これは、政権交代でひっくり返されることを見越した罠だと思う)

新球場

二転、三転したが、最良の結果となったのではないだろうか。秋葉氏就任当初のプランはドーム球場、それも、駄目だということが当時でも(アメリカでは)明白だったクッキーカッタータイプ。一歩間違えれば、アストラム・シャレオ・アジア大会に続く負の遺産ができるところだった。一度は決まったエンティアム案も止めて正解(一見、市の負担が無いように見えたプランであったが、道路や駐車場等の付帯施設の費用や、保証金の市負担を合わせると100億単位の出費となっていたとか)。秋葉氏は、プロ野球にもカープにも興味が無いのかも知れ無い。しかし、

  • 駅前再開発と位置づけて、費用対効果を評価する

  • 主テナントであるカープの希望を十分に反映させる

  • その上で、市の出費をできる限り抑える

という、ある意味教科書通りの方針を貫くことで、最良の結果を引き出した、と私は思う。

旧市民球場跡地

長くなるので稿を改めて書こうと思うが、現在工事中の、一塁側内野席とバックネット裏を解体する所、までは正解だと思う。

批判

以上のように、秋葉市政は、都市計画面に限っていえば、そのやり口はともかく、やってはいけないことを避け、やるべきことを着実にこなしたという感があり、肯定的に評価されてしかるべきだと思う。

反面、秋葉市政において問題だったのは、上記のプランのほとんどについて、方向性が右往左往し(ているように見え)、最終的な決断まで異常に時間が掛かったことだろう。広島市は基本的には保守・自民系の勢力が強い土地柄である。秋葉氏は社会党出身ということもあり、自民中心の市議会とは対立する構造となっていた。政策の是非をとうべき市議会が政争の場となり、スムーズに結論が出ないことが多かった。

この責任の半分は議会の保守派にあるわけだが、残りの半分は秋葉氏のものだ。上でも書いたように、秋葉氏は問題解決のために、積極的に謀略を使うタイプだ。議会が混乱し、都市計画に時間が掛かったのは、秋葉氏が時間を掛けて議会工作を行った結果でもある。また、秋葉氏も、議会を政争の場として積極的に活用した節もある。そして、市議会を舞台にした10年以上に亙る政争の結果、謀略能力で勝る秋葉氏により、反市長派の急先鋒だった新政クラブは縮小を余儀なくされ、一方、秋葉氏の就任当初は非主流派だった市民市政クラブが今や主流派となり、市長と対話可能な組織(市長ベッタリ、と批判されることもあるようだが、選挙では対立候補を推しているわけで、さほどベッタリであるとは思えない)へと変貌したように思える。

次の4年に向けて

以上のように、秋葉市政における都市計画とは、その方針は間違っていなかったものの、政争を繰り返した結果、計画が遅れに遅れた、というのが私の評価である。

市長が議会に引きずられるようなことは絶対に避けなければならない(結果として、荒木市長時代のように、やってはいけない事業が推進されてしまう可能性が高い)。が、秋葉市政のように、議会が混乱するのも問題だ。次の広島市長は、保守系であれ革新系であれ、各事業に対する評価(それやったらぶっちゃけどんだけ費用がかかって、どんだけの税収増が期待できるのさ、という評価)をきちんと行えることはもちろんのこと、議会との対話のチャンネルをきちんと開ける人が望ましい。

同時に、市議にも、「行政の立場から見た事業評価」に(賛同するか反対するかはともかくとして)少なくとも理解を示す必要があるだろう。議員は有権者の代表であり、有権者の要望を叶えるべく行動するのが基本ではあるが、それだけでは、(かつてのアジア大会誘致のように)結果として有権者に損害を与える方向に進みかねない。

おまけ

私は、荒木前々市長時代に決まった「アジア大会(と広域公園)」、「アストラム(の長楽寺–広域公園前、県庁前-本通区間)」、「シャレオ」の負債三点セットには批判的な立場だが、当時の事情を考えると致し方ない部分はあったとは思う。

この国では、都市部のまちづくりは、地方自治体ではなく鉄道会社が担ってきた。それ故に、ほとんどの自治体はまちづくりの事業評価に関するノウハウがあまり蓄積されていなかったと思う。広島に限らず、戦後の地方自治体主体の都市計画は、大抵が失敗だ。成功例とされるものも、大半は急速な経済成長(とそれに伴うインフレ)によって失敗がかき消されたものではないだろうか。

上の負債三点セットは、高い費用ではあったが、自治体が一度は経験しなければならない授業料みたいなものだ、と思う。

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